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水ノ上成彰は堺市西区選出の堺市議会議員。大阪維新の会所属。

TEL. 072-229-1058

〒590-0048 堺市堺区一条通13-16 松利ビル5階

イスラエル紀行(平成22年4月15日~4月24日)topics

西村真悟前衆議院議員を団長とする『イスラエル独立62周年祝賀訪問団』の一員として、イスラエルへ訪問。途中、ゴラン高原のクネイトラ(日本PKO)を訪問し、エルサレムでは独立祝賀式典、大統領官邸のレセプションにも参加しました。
また、元駐日イスラエル大使のエリ・コーヘン氏宅にも訪問することが出来再会を喜びました。
イスラエルと言えばユダヤ教、キリスト教、イスラム教、3宗教の聖地。特にイエスキリストゆかりの地、聖地の数々を巡礼し遠く2000年の歴史に思いを馳せました。
大変有意義に過ごした10日間を簡単にご紹介いたします。

4月15日

トルコ航空にてイスタンブールを経由しテルアビブへ

4月16日

テルアビブ * ベングリオン空港着
カイザリア * ローマ時代の遺跡(野外劇場)
メキド * ハルマゲドン
ナザレ * 受胎告知教会

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トルコイスタンブールを経由してベングリオン空港に到着。飛行時間は合計約16時間

*カイザリヤ *

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空港からバスを走らせまず訪れたのが古代都市カイザリヤ * ローマ時代の遺跡・円形野外劇場。

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ローマ時代の遺跡・競技場。映画ベンハーの馬車戦車競争の場面を思い出します。

*ナザレ *

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ナザレにある受胎告知教会 *ナザレはマリアが受胎を告知された場所であり、またイエスが伝道
にたつまでの30年間を過ごした町でもある。 ナザレに立つ受胎告知教会の突き出した屋根は、アベ・マリヤの A がデザインされている。 2階の礼拝堂には、世界の国々から贈られた聖母子の絵があり、日本からは「長谷川路可」作 の《花の聖母子》が飾られている。

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4月17日

ガリラヤ湖 * 遊覧船でガラリア湖周遊
カペナウム * 古代シナゴーク/山上の垂訓の丘
テルハイ * イスラエル建国の父トルンペルドールの博物館
ゴラン高原 * レバノン国境/クネイトラ(日本PKO訪問)

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ガリラヤ湖の日の出 ガリラヤ湖での「禊」 午前6時/水温16度・・
ガリラヤ湖はイスラエル最大の淡水湖で周辺はイエス・キリストの伝道の舞台として知られている。
ここには約20種類の魚類が生息するが特に有名なのが《ピーターフィッシュ(ペテロの魚)》というクロスズメダイの一種でヘブライ語ではこの魚を「アムヌン(母なる魚)」と言い、現在でも広く食用とされている。
油で揚げられた一品は日本から持参した《しょう油》で格別に美味しくなりました。

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これがピーターフィッシュ。見た目はグロテスクですが味は意外と淡白で美味しい。漁船風の遊覧船。

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イエス・キリストの伝道の舞台とされるガリラヤ湖。ガリラヤ湖からティベリアの町を臨む。

*カペナウム *

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カペナウム * 古代シナゴーク(礼拝所)入り口     イエスキリストの伝道活動の中心地

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シナゴーグに隣接する宿坊跡 。ローマ時代の建築様式が色濃く残っている。

*祝福の丘 *

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山上の垂訓の丘に立つ教会              教会内部
マタイによる福音書5章に出てくる山上の垂訓の8つの句はイエスの思想、教養の最も重要な部分がまとめられたもの。その説教はこの丘でなされたとされ、教会内にはその句がラテン語で記されている。
「貧しきものは幸いである、天国は汝の中にある」という有名な句もその内の1句。

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祝福の丘から臨むガリラヤ湖はとても美しい。 祝福の丘に咲き乱れる花。

* テルハイ *

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テルハイ * トルンペルドールを中心に8名の開拓者を記念した獅子像。
イスラエル独立の父となったヨセフ・トルンペルドールは、ロシア生まれのユダヤ人として兵として日露戦争に参戦。旅順要塞の攻防戦に参加、戦闘で左腕を無くすがそれでも前線で戦い続けた勇者だ。
戦後日本軍の捕虜となって大阪府の浜寺捕虜収容所に移された。収容所内の待遇は良く自由な行動も許され、彼はユダヤ人仲間500人を組織して、イスラエル独立の運動を興した。
「祖国のために死ぬことほど名誉なことはない」浜寺捕虜収容所時代に日本の一兵士から聞いた言葉が彼の生涯を大きく変えた。
トルンペルドールは祖国イスラエルの建国のために文字通り一命をかけて戦い、荒野を開拓した。
現在のイスラエルは彼のような開拓者死の上に建設されたことを人々は決して忘れない。
イスラエルの独立は浜寺から始った。高石市に浜寺俘虜(捕虜)収容所跡地が今もある。

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トルンペルドール(開拓の父)博物館内     トルンペルドールが銃弾に倒れた所(花壇)

*ゴラン高原*

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ゴラン高原に展開する自衛隊第29次派遣部隊を表敬訪問。
中東戦争の激戦地、イスラエル北部シリアとの国境ゴラン高原に国連兵力引き離し監視隊 (UNDOF)として駐留し主に補給活動の任務につかれています。

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若い隊員たちが規律正しく出迎えてくれました。    任務完遂し無事に帰国を祈る寄せ書き。

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佐藤慎二隊長以下43名の若き自衛隊員が、日本から遠く離れた僻地で堂々と任務を遂行されて
いることに深く感謝し彼らこそ黙って日本を支えてくれているのだと胸に迫るものがあった。
訪問を終えて宿営地を去るとき隊員全員と唱歌「ふるさと」を歌った。日本から遠く離れた地で歌う 「ふるさと」は万感迫るものがありました。

4月18日

ツォメット・ゴラニ * ユダヤ国民基金農業試験場で記念植樹
エリコ * 古代の遺跡
マアレー・アドミーム * エリ・コーヘン前イスラエル大使宅訪問
エルサレム * オリーブ山

*エリコ *

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エリコ内の紀元前7000年前のいちじくの木     紀元前7000年前のエリコの遺跡
新約聖書によれば、ここでイエスは生まれつきの盲人バルティマイを癒し、いちじく桑の木登っていた取税人ザアカイに声をかけて彼の家の客人になった。とされている・・・《いちじくの木》

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今から1万年ほど前の紀元前7800年頃から人間が住んでいた跡があり、町の城壁も残って
いるため、ここは要塞化された世界最古の町といわれている。

*マアレー・アドミーム *

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エリ・コーヘン元イスラエル大使と再開、武道家である元大使に以前日本で差し上げた剣道の
竹刀がイスラエルの自宅で大切にされていたことに感激し固く握手を交わしました。

4月19日 戦没者記念日

エルサレム
* ゲッセマネ/鶏鳴教会
ヤッド・バシェム(虐殺記念館)/西の壁
ヘルツェルの丘にてイスラエル国独立62年祝賀式典

*エルサレム *

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ゲッセマネの園 * イエスゆかりの庭園、かつては一面オリーブ林であった。現在庭園に残る8
本のオリーブの木ははるか昔から受け継がれてきたもの。

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ゲッセマネの園にある万国民の教会          マグダラのマリヤ教会(車窓より)

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鶏鳴教会・ゲッセ・マネで捕らえられたイエスが石段を通ってここに連行され、地下の牢屋に
最後の一晩を過ごした場所。

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鶏鳴教会地下にあるイエスが捕らえられ、一晩繋がれた牢屋

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                可憐に咲き誇るアネモネ

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この石段は19世紀に発掘され約2000年前の新約聖書時代のものであると確認されている
イエスが歩いた可能性が高いと思われる

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エルサレム・左が金のモスク、右が銀のモスク     オリーブ山から望むエルサレム旧市街

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聖地西の壁(嘆きの壁) * 現在のユダヤ人にとって最も聖なる場所となっている

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嘆きの壁で祈る。

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ヘルツェルの丘にあるラビン首相の墓      女性宰相として有名なゴルダメイアの墓
ヘルツェルの丘にはイスラエルのリーダーや独立戦争中東戦争で命を落とした軍人の墓がある。
毎年ここでイスラエル国独立記念式典が盛大に行われる。

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イスラエルのジャンヌ・ダルクと言われているハンナ・セネッシュの墓(軍人墓地内)
1921年ブタペストで生まれ、18歳で初めて祖国パレスチナの土を踏み、カイザリヤ近くのキブツ・スドットヤムで過ごすうち強烈な愛国者に育つ。
バルカン諸国や東欧に残っている同胞ユダヤ人を、ナチの残虐から助け出す極秘救出作戦に志願し、パラシュートでユーゴスラビアに降下して、ハンガリーに潜入したが捕えられ獄中数々の拷問を受けたが最後までナチに屈することなく23歳の短い生涯を閉じた。
ハンナが13歳からつけ始めた日記は《ハンナの日記》として世界の数十ヶ国語に訳され、その愛国の詩は老若男女を問わず広く暗唱されている。

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ヘルツェルの丘の記念碑               独立の父・ヘルツェルの墓

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ヤッド・バシェム(虐殺記念館) * ヤッド・バシェムとはヘブライ語で「記念と記憶」の意味
ナチスドイツによって虐殺された600万人のユダヤ人の写真や遺品が展示されています。

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広い庭園にはユダヤ人を追手からかくまった「異邦の義人」の名を記念した木が植えられている。

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独立祝賀記念式典でのオーケストラ演奏は旅の疲れを癒します。偶然にも最近特に有名になった
ベートーベン“交響曲第7番”が演奏されました。

4月20日 イスラエル国独立62周年記念日

エルサレム
* ビアドロロサ
シオンの丘/ヘルツェルの丘
大統領レセプション
イスラエル幕屋センター

*エルサレム *

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イエスキリストがゴルゴダの丘十字架を背負って歩いた悲しみの道・ヴィア・ドロロサ

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ローマ総督であったピラト官邸から、ゴルゴダの丘(聖墳墓教会)に至る道が、「ヴィア・ドロ
ロサ」 (ラテン語で・<悲しみの道>)である。全長は約500mあり、イエスがピラトに死刑の宣告を受け てから、十字架に処刑され、墓に納められるまでの14ステーションがある。

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                          聖墳墓教会

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聖墳墓教会入り口                  聖墳墓教会内部

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イエスが十字架より下ろされ、なきがらを寝かせた石(左)が~右の石だそうです。

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*大統領レセプション会場にて *

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レセプションで演説するシモンペレス大統領

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大統領レセプションにてイスラエル滞在日本人武官ご夫婦と

4月21日

テルアビブ * IAI(イスラム航空産業)
工場見学/独立宣言の家 クムラン * クムランの遺跡
エインボケク * 死海浮遊体験

*テルアビブ *

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IAI(イスラム航空産業)工場見学

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独立宣言の家では当時のままの状態で保存されています。

*クムランの遺跡*

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1947年夏、イスラエル独立戦争が始る直前、この付近でベドウィンの少年が巻物を発見した。
こ れが後に付近の洞窟から発見された数多くの巻物とともに、世界の聖書学会に多大の反響を呼ぶ こととなった「死海写本」の最初のもので、これは20世紀最大の考古学的発見と言われている。
現在この巻物はエルサレムのイスラエル博物館にある死海写本館に展示されている。

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「死海写本」が発見された洞窟

* エインボケク *

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死海(海面下398m)で浮遊体験・塩分(約33%)は想像を超える塩辛さでした。
浮かびながら新聞が読めるという不思議な塩湖で塩分含有量高く塩分の中には塩化ナトリウム、塩化カリウム、臭化マグネシウムなどの有益な化学物質が含まれている。
これらの化学物質を抽出し遠くは日本にまで輸出している。
また死海の水は多くのミネラルを含み健康(皮膚病治療)にも良い。死海の風物詩として人気のあった「塩柱」は最近は少なくなったそうだ。

4月22日

マサダ * マサダの砦
ベソール * 砂漠の巨大な貯水池
スデボケル * ベングリオンの墓/記念館
テルアビブ * アドモニ元モッサド長官/レブラン将軍らとブリーフィング

*マサダ *

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マサダの砦 * 四方が絶壁で頂上が平ら・・・まさに天然の要塞である。
マサダが歴史的に重要になったのは、紀元66~73年にかけてローマに対するユダヤ反乱軍の舞台として登場し、3万人対900人の3年に渡る攻防の末、負けを覚悟したユダヤの人たちは「死」を覚悟し自決を決行する。その方法が「くじ」で10人を選びその10人が他の人を殺害し、さらに「くじ」で1人を選びその1人が9人を殺害し、最後に残ったものが自決するという方法だった。
ユダヤの教えは自殺は禁じられており、もしそうしたら家族とは同じ墓に入れない決まりとなっていたが、マサダで自殺した彼らはイスラエルの英雄となりこれが国づくりのバックボーンとなった。
現在のイスラエル軍の入隊宣誓式はこのマサダで行われている。

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ローマ軍が砦攻撃に使用した石の砲弾

*ベソール *

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貯水池

*スデボケル *

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建国の父ベングリオンのお墓には大勢の人が参拝しお花も多く供えられていました。

* テルアビブ *

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アドモニ元モッサド長官/レブラン将軍らとブリーフィング。
第二次大戦中、リトアニアのカウナス日本領事館代理だった杉原千畝氏の発行した「命のビザ」によりポーランドから日本の舞鶴に渡ったニーナさん。
「東洋のシンドラー」と呼ばれた杉原千畝氏はリトアニアの在カウナス日本領事館領事代理として昭和14年に赴任しました。彼が発行したビザにより助かった命は少なくとも6000人以上と言われています。
1985年イスラエル政府よりユダヤ人の命を救出した功績で、「ヤド・バシェム賞」(諸国民の中の正義の人賞)を受賞。

4月23日

テルアビブ * トルコ航空にてイスタンブールへ
イスタンブール * 海事博物館/アヤソフィア博物館/グランドバザール

*イスタンブール *

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海事博物館                  内部
遭難したエルトゥールル号の物も展示されていました。
トルコ人が公的な場で日本人に対して日土友好の歴史について語るとき、必ずといっていいほど第一に持ち出されるのがエルトゥールル号遭難事件の顛末です。
この遭難事件は「親日国トルコ」のイメージを語るエピソードとしてなくてはならないものです。
エルトゥールル号の残骸は、現在も和歌山県大島沖の海底に眠っています。

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有名なブルーモスク                 アヤソフィア博物館

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アヤソフィア博物館内部

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聖母子と12世紀の皇帝ハネス2世コムネノス夫婦のモザイク。
キリストと皇帝コンスタンティノス9世・ゾエ夫婦のモザイク。
大聖堂内部、2階ギャラリーのモザイクは断片的だがキリスト教聖堂であったころのとても美しいモザイク画が残っている。

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                      巨大なマーケット、グランドバザール

4月24日

帰国

<参考資料>

「ミルトス イスラエル・ガイド」 「地球の歩き方 イスラエル」 「旅名人ブックス イスラエル」 他


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