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水ノ上成彰は堺市西区選出の堺市議会議員。大阪維新の会所属。

TEL. 072-263-0333

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堺市議会報告 議会発言集CONCEPT

令和2年9月23日 文教委員会②

※学校歴史教科書の採択について②

◆水ノ上 委員  午前中に引き続いて、歴史教科書の採択について御質問したいと思います。

 8月17日に教育委員会の定例会がありまして、そこで教科書が決定されました。私はそのやり取りをずっと傍聴しておりまして、率直に思ったこと、感想はね、帝国書院はあらかじめ決定されていたんじゃないかということでした。それには2つ理由があります。1つは、その会議がよどみなく、まるでシナリオがあるがごとく進んでいったこと、さしたる議論もなくて、そういう感想があった。もう一つが、このときは4人の教育委員さん、河盛幹雄委員と大島幸恵委員、宮本功委員、そして中谷省三教育長と4人で採択されたんですけどね。このうち河盛幹雄委員と大島幸恵委員は、5年前もこの採択されていました。そのときは東京書籍の歴史教科書一押しだったんですね。率先して東京書籍の歴史教科書を推しておられた。

 それがですね、今回はもう東京書籍のことは話題も上らず、5年前に全く話題にも上ってなかった帝国書院を言い出したと。帝国書院の教科書が5年前とそれほど大きく変わったかというと、それほど大きく変わっていない。そういうところから、傍聴した感想、私の感想ですよ、あらかじめ帝国書院の歴史教科書に決められていたのではないかというふうに思ったわけです。

 午前中、申し上げましたけれども、私は意見書を提出しました。その中で15項目の視点から私なりに分析をしました。その幾つかについてちょっと議論したいと思いますけれども、まず1つ、これも何度も申し上げているけれども、神話から出てくる日本の建国についてですけれども、この帝国書院の教科書から日本の建国について、いつ誰がどのようにしたか、その答えが導き出されるでしょうか。お答えいただきたいと思います。

◎後藤 学校指導課長  建国におきましては、採択されました教科書の中には、天皇が日本を治めることの正当性を明らかにしようとする動きも起こり、天皇家の由来を説明するための歴史として古事記や日本書紀が作られ、数々の神話がそこに記載されているということが載っております。また、神話での紹介のほうもされているというところでございます。以上でございます。

◆水ノ上 委員  日本はいつ誰がどのように建国したんですか。

◎後藤 学校指導課長  諸説あるというふうには聞いておりますが、昭和23年施行の国民の祝日に関する法律において、日本の建国をしのび、国を愛する心を養う祝日として建国記念日を定めるということが、昭和41年建国記念の日となる日を定め、公布されたということは皆さん御承知おきのとおりでございます。その中で、その2月11日は、初代神武天皇が橿原宮に即位されたとの日本書紀の記載に基づくものと承知しております。以上でございます。

◆水ノ上 委員  日本の建国が諸説あるというのは知りませんでしたけれどもね。今おっしゃったとおり、最後のとおりです。ただ、この建国の経緯については、この教科書には全く書いておりません。世界中探しても、自分の国の建国の由来を書いていない教科書というのは、日本しかないんですね。その中でも幾つかは日本の建国について書いている教科書も今回ありましたけれども、この教科書については全くないと。前回まで東京書籍が採択されておりましたけれども、東京書籍の神話及びそういう建国については、今回非常によくなりましたね。この帝国書院については、山川出版に次いで非常に神話とか建国を軽視している、それが否めません。僅か2分の1ページ弱、それに対して先ほど言ったように沖縄戦については2ページの見開きでしっかり書いていると。このアンバランスを非常に感じます。

 続いて、こういうことについては比較検討した記憶ありますか、建国に関して。

◎後藤 学校指導課長  建国といいますか、日本を愛する心というあたりでは、日本の建国について学ぶことは、歴史に対する児童・生徒の興味、関心を高めるとともに、我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てることにつながるものと考えているという観点からは、採択の項目として研究のほうさせていただきました。以上でございます。

◆水ノ上 委員  そうじゃなくて、日本の建国について、各社比較して検討したことがありましたか。

◎後藤 学校指導課長  建国そのものということでの調査・研究のほうはしておりません。以上でございます。

◆水ノ上 委員  続きまして、この教科書には仁徳天皇という名は出てきますか。

◎後藤 学校指導課長  ちょっと調べる時間頂戴できたらなと思います。

◆水ノ上 委員  お探しですけど、探してもないと思います。仁徳天皇という名が入っているのは、教育出版と育鵬社だけなんですね。僕ずっと見ましたけどね。ですから、これにはありません。

 堺市にふさわしい、堺市の子どもたちにふさわしい教科書をというのが一つの観点でした。かつてのあれを見ましても、調査報告書とか意見書見ますとね。そういう観点から、仁徳天皇、堺市であるから仁徳天皇という、世界遺産登録になりましたし、そういう観点からの検討はなされたことはありますか。仁徳天皇の名があるかないかについて。

◎後藤 学校指導課長  午前中にも申し上げましたように、内容についての吟味というのは、文科省の検定を通っているという観点からしておりません。失礼いたします。

◆水ノ上 委員  あるかないかぐらいはね、せめて選定委員の皆さんで見られたらどうかと思うんですね。仁徳天皇陵古墳を中心とする百舌鳥・古市古墳群が世界遺産になったんですからね。

 次に、今までもいろいろ話題にしました南京事件と沖縄戦についてお伺いしたいと思います。南京事件については、この歴史教科書ではどのように記載されているでしょうか。

◎後藤 学校指導課長  使用する教科書では、本文で、翌37年7月、北京郊外のところで、ちょっと待ってください、すみません。日中戦争が始まり、日本軍は中国南部からも侵攻し、上海や、当時国民政府の首都だった南京を占領しました。南京では、兵士だけでなく、多くの民間人が殺害されました。(南京事件)、ということで、欄外のところに、この事件は諸外国から非難されましたが、戦争が終わるまで日本国民に知らされませんでした。死者数を含めた全体像については調査や研究が続いていますということで記載されております。以上でございます。

◆水ノ上 委員  これについても、何度も話をしました。前の東京書籍などは、女性や子どもを日本軍が殺害したという、これ諸説ある中でもそういう説を取っていたと。ほかには、日本文教出版や山川出版なども、女性や子どもを日本軍が殺害したという記述がありました。帝国書院は、それに比べたら少しはましですけれども、ただし、今、脚注のところを読んでもらいましたけれども、この事件は、諸外国から非難されましたが、戦争が終わるまで日本国民に知らされませんでしたというのは、これはうそです。これ南京事件が話題になったのは、東京裁判以降ですから、それまでには世界中もこういう話は知りません。この部分は恐らく勘違いの記述かなというふうに思います。

 この件についても、南京事件ね、今までこの採択におきまして、各教科書比較検討したことはありますか。

◎後藤 学校指導課長  また同じお答えでございます。内容についての比較検討のほうはしておりません。以上でございます。

◆水ノ上 委員  じゃあ、次に、沖縄戦、最後に沖縄戦についてお伺いしたいと思います。

 沖縄戦については、午前中も申し上げました。戦場となった沖縄ということで、見開き1ページを使って非常に詳しく書いてます。この教科書だけです。特にこれ下のページですけどね、ここが非常に問題があるというふうに思います。ちょっと長文ですけれども、このところを読んでいただきたいと思います。

◎後藤 学校指導課長  沖縄戦前はどのような状況だったのだろうか。日本軍は、太平洋戦争の局面が悪化する中、日本本土の防衛線として台湾、沖縄を位置づけました。このため、それまで日本軍の基地が置かれなかった沖縄県には伊江島、読谷、嘉手納などに多くの日本飛行場ができ、住民は土地を提供させられ、工事に動員されました。1944年、昭和19年2月、サイパン島が米国に爆撃されると、日本軍は沖縄は本土防衛の最前線と位置づけ、軍隊を配備しました。その一方で、子どもや老人は九州や台湾へ疎開させられましたが、疎開する学童を乗せた対馬丸がアメリカの潜水艦によって攻撃され、約1,500人が犠牲となりました。このほかにも、沖縄県民を乗せた多くの船が攻撃に遭いました。

 10月5日、アメリカ軍は台湾を攻略せずに、フィリピン上陸の後、沖縄攻撃を決定しました。10月10日、県の中心であった那覇市は、アメリカ軍の空襲を受けて焼け野原となり、軍備や物資に深刻な被害を受けました。そのため食料が日本軍のために集められました。

 なぜ多くの犠牲者が出たのだろうか。1945年3月23日、アメリカ軍約55万人が沖縄島を取り囲み、攻撃や爆撃を開始しました。3月26日、アメリカ軍は沖縄島攻撃の基地として、慶良間列島を確保し、4月1日には読谷、嘉手納、北谷に上陸して、そこにあった飛行機を修復し、日本本土への爆撃を開始しました。アメリカ軍は沖縄中部一帯を占領し、軍事基地化しました。

 一方、約10万人の日本軍は、4月8日、首里の北側でアメリカ軍を待ち受け、戦いが始まりました。激しい戦いの末、5月末には日本軍は戦闘能力を失い、住民が避難していた沖縄島南部に退きました。その結果、多くの住民が日本軍によって食料を奪われたり、砲弾の降り注ぐ中、安全な壕を追い出されて犠牲になったりしました。6月後半、日本軍司令官は自害し、日本軍の組織的な抵抗は終わりましたが、最後の一兵まで戦おうという命令は残っていたため、住民と兵士の犠牲は増え続けました。人々が集団死に追い込まれたり、禁止されていた琉球方言を使用した住民が、日本兵に殺害されたりすることもありました。また、八重島列島などではマラリア発生地にも移住させられたため、多くの病死者が出ました。そのように記されております。以上でございます。

◆水ノ上 委員  ありがとうございました。それだけではなくて、上のほうの写真でガマがありまして、このガマでは、10代の男女13人が日本軍に渡された手りゅう弾によって死に追いやられましたというふうにあります。

 今、お読みいただいたところ、これだけ詳しく日本軍の悪口を書いているのはこの教科書だけ。これがあったかどうか、それはまだ分かりません。あったという人もあるし、なかったという人もあります。しかし、これを子どもたちに教えるべきかどうか、それはしっかりと検討していかなあかんし、これは午前中にも申し上げたとおり、私の意見書の中でここをもってこの1点だけでもこの教科書は採択すべきではないといったところでございます。

 この沖縄戦は悲劇ですけれども、一方、この沖縄戦では神風特攻隊が大挙して飛び出すわけです。菊水作戦というのは1号から10号まであって4月の6日から6月22日まで行われます。陸海軍合わせて10回、1,800機、約3,000人が沖縄島を、沖縄を助けるという意味で、特攻隊として飛んでいく、3,000人の命が消えていくわけです。10回、1回につき200機あたりは鹿児島とか台湾から飛んできて突っ込んでいくわけですよね。それを沖縄の人たちも見ているわけです。また、沖縄で戦っている陸海軍の人たちも見ているわけです。その見ている中で、自分たちが住民を殺すかと、そういうことをするかということを考えてほしい。こういうことを書くんであれば、一方ね、そうやって日本軍はそれだけの多くの犠牲を払ってまで沖縄を助けようとしたということも事実であることを載せるべきだと思います。だから、この表現は非常に僕はいけない、この教科書の中にとって特に一番許せないところだというふうに思います。

 こういう点からも、私は沖縄のことにつきましては、今までも取り上げてきましたけれども、比較検討されたことはありますか。

◎後藤 学校指導課長  沖縄戦というところでの審議のほうはしておりません。以上でございます。

◆水ノ上 委員  私はね、午前中言うたとおり、この国を愛するという学習指導要領の目標に基づいて、内容の精査というのはどうしても必要だというふうに思います。今申し上げた4点につきましては、今までも話してきたし、各教科書によってその記載の内容が大きく違う。その内容が、堺市の子どもたちにどれが必要か、ふさわしいかということを吟味するのも選定委員会及び教育委員会の重要な役目だというふうに思います。それなくして、子どもたちにふさわしい教科書を届けることはできないというふうに思います。

 今回はまだまだたくさん問題点ありますけれども、今日は時間来ましたので、またいずれ機会がありましたら、これについても議論していきたいと思います。今日は午前、午後にわたって歴史教科書について議論をさせてもらいました。参考にしていただいて、これからの議論をしていきたいというふうに思います。ありがとうございました。

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